春の嵐から訪れる満開の桜と思い出ひとつ…

 勝てる恋愛テク業界裏話

春の訪れと桜

もうすぐ春、「春」といえば「桜」ということで、桜にちなんだ短編小説を書いてみました。

その人は春先の風のように暖かくて、そして冷たかったんだ…

「ハズキルーペのCMに出ている女優・武井咲さんが、テレビ画面から飛び出して僕に笑みを浮かべてくれている」
そんな夢を見ているようだった。

その女性は武井咲さんではないが、微笑みかけるような目が印象的。
彼女の付ける桜の香りの香水が漂う空間は春が訪れたように暖かかった。

彼女はイギリス育ちで、普段は向こうの大学に通っていて、春休みを利用して日本の祖父母の家に遊びに来ているのだそうだ。
日本の桜を見たことがないらしいが、まだ3月中旬なので桜が咲くには早い。
僕が公園で休憩している時に、公園のつぼみを付けたひときわ大きな桜の木を指差し「これ桜ですか?」と聞いてきたのが出会いだった。

「あたしハルカ、YOUは何て言うの?」
「雪(ゆき)です」
「雪君か~、真っ白で純粋な感じがピッタリ!」
「そうですか、えへへ」

僕は寒いのが苦手だし、女みたいな自分の名前が嫌いだったが、この日だけは雪でよかったと思った。

「1度でいいから満開の桜を見てみたいの」と目をキラキラさせて語るハルカを見て「僕に力があるなら今すぐこの桜を咲かせてあげるのに」ともどかしい気持ちになった。

ハルカは、仕事帰り僕が公園で休んでいるとよく「雪く~ん」と言って走ってきてベンチの隣りに座った。
僕らは、イギリスと日本の文化の違いなどを語り合った。
「雪君はトロそうだからレディーファーストの国のイギリスじゃ、モテないね。アタシにくらいしか」と、イタズラっぽい表情を浮かべるハルカに僕は心を吸い込まれていった。

3月下旬のある日、
「この大きな桜が満開になるのを雪君と見てみたいの。アタシ、もうイギリスに帰るんだけど4月7日は友達の結婚式で日本に来るから、そのときにね。13時にこの木の下で」
そう言うと、僕が頷く間もなくハルカは僕の頬に口づけし、「バーイ」と手を振って去って行った。

ハルカの連絡先を聞きたかった。でも聞けなかった。
なぜなら、僕には同棲中の婚約者がいた。
家に帰れば、温かい夕食を用意してくれ、お風呂の用意や洗濯もしてくれる。
だが、僕は会社帰りまっすぐ帰ることができず、この公園で物思いにふけるのが習慣になっていた。

僕が婚約者と知り合ったのは、人数合わせで参加した同僚主催の合コンだった。
仕事のストレスなどもあってついつい飲みすぎてしまい、酔った勢いで合コン参加者の女性の一人と一夜を供にしてしまった。
特にタイプだったわけでない。
彼女の妊娠が発覚したのは、その2ヶ月後だった。
「お腹の赤ちゃんのパパになってくれる?」の彼女の問いかけにノーと言えず、結婚話はトントン拍子に進んだ。
それがちょうど1年前の話だ。

当時の僕には幼い頃から親しくしていた「あっちゃん」という幼馴染みの女の子がいた。
名前は、愛(あい)なのだが、ぱっちりした目と張ったエラが元AKB48の前田敦子さんに似ていたため「あっちゃん」と呼んでいた。
あっちゃんとは、どちらかが付き合おうと言ったわけではないが、
クリスマスやバレンタインなどの恋人の行事は一緒に過ごしていたし、毎年4月には、あの公園の大きな桜の木の下で一緒にお花見をしていた。
その年、お互いが25歳になったこともあり、あっちゃんが結婚を意識していることはわかっていたし、僕もそれに応えないといけないと思っていた。

そんな時、彼女の妊娠騒動があって、あっちゃんに婚約したことを伝えると、「そっか、おめでとう。でも、もうふたりでお花見できないね」と涙ぐんで祝福してくれた。
それからあっちゃんからの連絡は途絶え、僕も連絡しなかった。
その数ヶ月後、妊娠しているはずの彼女のお腹が大きくならないので、
彼女に問いただすと…
「妊娠?あ、間違いだったみたい。今度はできるといいね」と笑って誤魔化されたが、この時点では同棲していたし結婚話も進んでいたので、もう後戻りはできなかった。

3月も終わりにさしかかった頃、僕は公園のベンチで咲き始めた桜の花を見ていると、あっちゃんのこと、ハルカのこと、結婚のこと、いろいろなことが頭を過った。
そして決めた。帰宅すると、用意された夕食も口にせず必要な荷物だけをボストンバッグにまとめた。そして婚約者に告げた。「俺、出ていくから」。
彼女は泣きながら追いかけてきたが、後ろは振り返らずに走った。

4月7日13時、僕はあの大きな桜の木の下にいた。
暖かい風と肌寒い風が通り抜ける公園のベンチでハルカを待ったが、1時間経っても2時間経っても姿を現さない。
「やっぱりあれは夢だったのか」と、帰ろうとした時、「雪君」という声が背後から聞こえ、振り返った。

「あっちゃん…」
「雪君なんか残念そうな顔してる」
「あっちゃんが、どうしてここに?」
「え~と、う~んと、一緒にお花見してくれる人がいなくなっちゃったからひとり花見しようと思って…。」
「雪君こそ未来のお嫁さんは?ひとりでお花見してるの?」
「ん~と、婚約解消して別れたんだ」
「そうだったの…」

一瞬の沈黙。
立ち上がって「俺帰るわ」と言いかけた時
「雪君…、1年前のお花見やり直そっか?」
あっちゃんは頬を赤らめてうつ向きながらつぶやくように言った

その時、公園のはずれのほうの小さな桜の木のほうから、ハルカの付けていた桜の香水の香りが漂ってきた。
思わずそちらへ視線を移す。
が、そこにハルカの姿はなく、風に満開の桜の木の枝が揺れているだけだった。

そもそも僕はなぜ今日婚約解消までしてここに来たのだろう?
ハルカとただ桜を一緒に見るだけなら、そこまでしなくてもよかったのではないか。
同じ過ちを繰り返したくなくて、やり直せるものならもう1度やり直したい過去があって…「あっちゃん」

「まだ俺のことを。ありがとう」
僕はそう言って深く頷き、あっちゃんの左の手のひらをギュッと握りしめた。