別れさせに成功したら依頼者と「喜び」を共有するのか?

 別れさせ・復縁事例

■ 別れさせ屋の倫理観
こんにちは。代表の浦上です。
弊社に相談に来られた方から、「成功して喜びを分かち合いたい」と意見を頂くことがあります。共通の目的を持っているので、分かち合うのは必要ですね。ただ、私は少し違う考え方なんですよ。

依頼の成功は、依頼者・業者が共有する目標だと思います。ですが、業者は「喜び」を持ってはいけない。そう思います。仕事なので、達成感は持っておかないとプロ意識がないです。
では、我々のような業者の喜びとは?
成功の結果ではなく、「お客様が喜ぶ」ことだと考えています。依頼の成功は、当然にそこに向けて頑張るのですからね。
”任せられた事”
なので、出来ることが当然とお客様は思っていると考えるべき。その1件にて感情移入し過ぎることの方が危険です。

また、意図的に対象者らの人生を曲げるわけです。
そこを依頼者目線で喜ぶのは、多くを任せられた業者として「軽く」感じます。依頼者も大切です。対象者も同じで、その方の背景には親・兄弟・友人がいます。歩んできた人生があります。対象者ではなく「人」として考えないといけません。だから私たちは成功しても「やった!」と喜ぶことはないのです。仕事ですから。その目標を一つクリアした、その結果でお客様が喜んでくれた。ココに我々の喜びがあるのです。
依頼される方が、この考え方を「イヤ」と思えば他社に相談しますよね。それで良いと思います。考え方が合わず嫌いと思ってる方、嫌悪感を持っている方からの作業は出来かねます。お金だけで繋がるのではありませんから。考え方や居心地などが重なって、初めて「よし」となるのは何を買うのも同じです。嫌いな営業マンから車・家は買わないと思います。接客マナーの悪い飲食店には2度と行かないじゃないですか。別れさせ屋・復縁も同じだと思いますよ。
(関連記事:別れさせ屋の依頼者・相談者は対象者かも?

■ 重要なこと
「別れさせ屋の依頼」をよく考えてみましょう。
友人・知人に依頼しようと思うって聞くと、99%は「非常識だから辞めときな」って言います。それは正論です。必要と思ってない人にとっては、不要な存在です。だけど、必要な人にとっては「正義」なのか?を正義と考えるのも違うと思います。人に言えない依頼をする。作業する側も、対象者には「事実(依頼による作業)」を伏せて接触しますよね。それだけ隠している作業なんです。勿論、依頼しない生き方がベストじゃないですか。でも、自己解決が出来ないのでプロに委ねたいと思って相談に来られます。この時点で、服を買う・車を買う・御飯を食べるのような「買物」の感覚は捨てましょう。
業者がどれだけ正義を飾っても、結果的には「裏」のことなんです。裏のことをしようとしている、裏のことをしている。そこを正義として言える業者に不信感を持っておくべき。「非常識」とは、常識を理解しての常識外れと、常識を知らない非常識では大きな違いがあります。その自覚を相談者・依頼者・業者は忘れてはいけないと思いますよ。
(記事:URAKAMI)

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