恋愛小説・東京発ニューヨーク行きのフライトにて

 勝てる恋愛テク

恋愛小説
名もない花には名前を付けましよう この世に1つしかない
冬の寒さに打ちひしがれないように 誰かの声でまた起き上がれるように
(コブクロ『桜』の歌詞より)

あなたの名前を呼ぶ“誰か”の声が、あなたの耳には届いていますか?
短編小説第2弾は、そんな名前にまつわる物語です。

満天の星が夜空を照らすような、彼女のいる空間はそんな幻想的な空気に包まれていた。

彼女の名前は「星空永遠(ほしぞらとわ)」。
アメリカ・ニューヨークのブロードウェイで活躍する女優だ。
関西の有名音楽学校を卒業後、日本のミュージカルなどで活躍し、27歳の時にブロードウェイの舞台に立つため渡米した。
現在は38歳だが、女優・黒木メイサさんのような切れ長の目から放たれるアイビーム、
9頭身のプロポーションから繰り出される華麗でダイナミックなパフォーマンスは、今も昔も男女問わず観るもの全てを魅了しており、永遠の輝きを放つ星空のように眩(まぶ)しかった。

そんな眩(まばゆ)い光を身近で見たのは、
私が客室乗務員(スチュワーデス)を務める東京発ニューヨーク行きの機内、ファーストクラスの客席だった。
サングラスをかけていたが、風貌などからすぐに「星空永遠」とわかった。

「エクスキューズミー」という機内に響き渡る声に引き寄せられて、席に駆け寄ると「シャンパンいただけますか?」と、メニュー表の中で1番高いものを指差された。
が、この日はたまたまシャンパンが全て品切れで「申し訳ありません」とお断りするしかなかった。

すると、永遠さんの隣に座っていた男性客が口を開いた。
「僕もね、先ほどシャンパンを注文したんですが、品切れでね。せっかくのフライトなのに残念ですよね」と呟(つぶや)き、
永遠さんのほうを向いて「こんなお綺麗な女性の隣で飲めたら最高だったのに」と残念そうな表情を浮かべた。
男性客は50代~60代前半だろうか。黙っていれば俳優の役所広司さん風のダンディな感じなのだが、喋るとお笑いタレントの高田純次さんのようなテキトー感が出て台無しだ。
永遠さんはというと「私でお酒のあてになるのではあれば喜んで」と笑顔で首をかしげた。

男性客は「アルコールは胃や腸で吸収され肝臓を経て、脳にも到達し脳を麻痺させるんですよ…」というお酒と酔いのうんちくを披露し始めた。
永遠さんは「うんうん」と適当に相槌を打っていた。
男性客はお酒のうんちくが終わると「ニューヨークへはご旅行で?」と続ける。
「いいえ、お仕事で。舞台女優をしています。星空永遠です。よろしくね先生、お医者様なんでしょ」
男性客はつぶらな目を見開いて「女優さんでしたか!存じ上げず失礼しました。それにしてもよく私が医者だと」
「あははは!あれだけ医学の知識を語れるのはお医者様しか知りませんよ。専門はどちらですか?」
「産婦人科です。星空永遠さん、素敵なお名前ですね。自分で考えられたんですか?」
「いいえ、母親が。小さい頃から舞台をやってて。永遠は本名ですが、星空は芸名です」

しばしの沈黙の後、永遠さんが口を開く。
「ねぇ先生、私の…友人のお話聞いてくださらない?」
「ほう、永遠さんのご友人のお話ですか、どうぞ」
「私の友人はね、殺人犯なんですよ」
「えっ」一瞬先生の表情がこわばる。
「永遠さんのご友人が。どういうことですかな?」
「厳密に言うと、私の女友達は中絶したの」
すると、先生は安堵のため息をし「なぜですかな?」と尋ねた。
「お相手の男性はね、一回り歳上の既婚男性だったの。そして、その時の産婦人科の先生にもシングルマザーで仕事をしながら育てていくのは難しいと言われて…」

客室乗務員も10年以上していると、乗客のさまざまな話が耳に入る。それにしても永遠さんの友人が不倫、そして中絶していたとは。
いったい誰なのだろうか。永遠さんの友人となると、有名人には違いないと思うのだが。
そう言えば、永遠さんも一回り歳上の舞台監督と不倫関係にあると週刊誌で見たことがあるが本当なのだろうか。

先生は「ほう」と頷き「私はシングルマザーでお子さまを立派に育て上げた人を知っていますよ」と自信ありげに話し出した。
「永遠さん、母親というものは強いんですよ。子供のためなら命だって張れる。実際に命を張ることはないけれど、命を削って働いてお子さまに教育を施したり…」

永遠さんは少しむきになった表情をして「でもね、父親のいない家庭て寂しいし、友達からも変な目で見られるじゃありません?」と投げ掛けると、
先生は「それは人と比べるからですよ。たとえ母親しかいなくても、愛を感じて育った子供は、生まれ変わっても他のどんな家庭より自分の母親を選ぶはずです」と言い切った。

子供か、私も客室乗務員としてがむしゃらに働き、気付けば永遠さんと同じ38歳。同い年の彼氏から3年前に婚約指輪を手渡されたけれど、いまだ1度も指に通せずにいる。
自分が命をかけても惜しくないと思える存在か。会ってみたいかも、と思ったその時、永遠さんが再び口を開いた。

「先生、その友人はね、迷ってるの。このまま不倫を続けるのか、それとも母親が薦めるお見合いをするべきなのか。どう思われます?」
先生は「そうですね」と考え込んだ後、「そのご友人は永遠さんという素晴らしい友人をお持ちだ。きっと立派な人なんでしょうな。
立派に子供を育て上げられたそのご友人の母親ですからその目に狂いはないでしょう。ご友人もきっと母親のことを信じていらっしゃるはずですよ」と諭すように話した。

機体は、ニューヨークの空港に向け、下降を始めた。
現地の時刻は午後8時。
辺りはもう暗闇に包まれているが、今日はガスが晴れていて無数の星たちがマンハッタンの街並みを照らしている。

「星空のように永遠に僕もいろいろんな意味で輝けたらな」と先生が呟(つぶや)いた。
「私、実はね、永遠という名前が嫌いなの。男みたいでしょ。母が付けたんですよ」
先生は一瞬「うーん」と考え込むがすぐに口を開き、
「そうですかな、名前には親の子供への思いが込められているものです」
「例えば、正(ただし)は、正しいことをする子に育って欲しい」愛(あい)は人を
「愛し愛される人になって欲しいとか。そして、永遠(とわ)は、何があっても永遠にこの子を見守り続ける、遠くからでも星空のように、想像ですけどね」

永遠さんは、しばらく黙ってうつむいていた。
泣いているのかな、とも思ったがサングラスをかけているので表情を伺い知ることはできない。
そうこうしているうちに機体は空港に着陸。

私の名前は翼(つばさ)。父と母が困難があっても勇気を持って飛び立てるようにと付けてくれた名前だ。
客室乗務員を目指そうと奮起したのもこの名前のおかげだ。
「DAICHI to TSUBASA」と彫られた婚約指輪をいつもカバンにしまって持ち歩いているけれども…。飛び立つ勇気か。

日本へ帰るニューヨーク発東京行きの機内でこっそり婚約指輪をつけてみる。
小粒だが暗闇を照らす星のように光るダイヤに胸がいっぱいになる。
無数に思える星空の星たちも消えては生まれを繰り返していると聞いたことある。
ひとつひとつの星に物語があるように、人にもそれぞれの物語があるんだろうな。

離陸とともに「ワオ!」という女性の声が、ファーストクラスの客室全体に響き渡る。
現地時刻は午後11時過ぎで就寝している乗客もいる。
大声を注意しに声のした席に近付くと、そこには永遠さんと先生の姿が、しかも隣同士。
永遠さんは先生の顔をまじまじと確認しながら
「先生がどうしてこの便に?」
「永遠さんこそ、どうして?」
「ニューヨークの仕事をキャンセルして実家に帰ろうかと思いまして、先生は?」
「私は急患が入りましてね。こうして再会できたのは運命とでもいいましょうかな」
と言い合うと、2人は「あははは!」と笑い合った。

私は、帰りの便で2人に再会できて嬉しかったし、2人に私の結婚の意志が固まったことを聞いて欲しかったが、そのことを知らせる術はなかった。
「こちらは私からのサービスでございます。他のお客様には内緒で」
そう言って私は、2人にグラスシャンパンを振る舞った。
永遠さんは「アンビリバボー」、先生は「私もまだまだ捨てたものでないですな」と驚きを隠せないようす。
指輪を見て欲しくて左手でグラスを差し出したが、気付いてくれたのだろうか。
「では、せっかくなんで乾杯しましょうか」と先生が切り出す。
私は勤務中で飲めないので“エアーグラス”で参加する。
乾杯の音頭はもちろん先生。
「それでは、おふたりの新たな人生のフライト成功を願いまして」
『乾杯!』

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